工場用の翻訳アプリを作り始めた、「バリ」「ダレ」を毎回同じ言葉にする。

工場の騒音で音声通訳が聞こえず、「ダレ」が「誰」と認識された。原文と訳文を同じ画面へ残し、現場の言葉を毎回同じように伝える翻訳Webアプリを作り始めた記録。

初日に分かったのは、教材の次に会話の入口が要ることだった

ベトナム人の2人を迎える前に、仕事の心得、勤怠の操作、加工手順をベトナム語のWebサイトと動画にした。それでも、ぼくは安心できなかった。実際に初日を終えて感じたのは、ここまで準備して、ようやく仕事を始めてもらうための最低限だったということだ。

最初に伝えた優先順位は、安全、品質、効率。異常や違和感があれば、そのまま加工を続けず、すぐ報告してほしいことも入れた。これはベトナム人だけに伝える話ではない。日本人の従業員にも同じように伝えている。

初日の朝、事務所のテレビへWebサイトを大きく映し、2人に見てもらった。後から見直せるように、勤怠で使うNFCカードの裏にはQRコードも貼った。一度では覚えきれないし、現場で加工してから同じ説明を見る方が、内容と動きがつながると思ったからだ。

動画には、実際に加工している風景を入れた。Webサイトでは、「バリはこの部分」「ダレはこの部分」と初心者にも分かる形で示した。ダレは、プレスで材料を抜いたときにできる、丸みのある部分のことだ。文章だけ、動画だけで終わらせず、現場で迷った箇所へ後から戻れるようにした。

プレス加工品の端部にある「ダレ」と「バリ」を示した写真
現場で使う言葉を、加工品の実物と結び付けて説明する

「100個ずつ」の目的まで、言葉で伝える

うちでは、1000個の加工品を100個ずつに区切って管理することがある。100という数字にそろえたいわけではない。次の工程で99個しかなければ、1個の加工忘れがあるかもしれないと気づけるようにするためだ。

ところが、「100個ずつにしてください」とだけ伝えると、100個に合わせること自体が目的だと受け取られることがある。本当に伝えたいのは、数を合わせる作業ではなく、加工忘れを探す考え方になる。

これは日本人同士でも、一度聞いただけでは伝わりにくい。日本語でも説明しにくい仕事の意味を、片言の外国語で正しく共有するのはさらに難しい。だからWebサイトには、手順だけではなく、その理由まで入れた。

それでも、文字を一度見ただけで現場の動きが身につくわけではない。最初はうちのやり方をそのまま覚えてもらい、その後に工夫してほしい。良い癖をつけるには、「そこは違う」「ここはこうしてほしい」と、実際の動きを見ながら何度も説明する必要がある。

スマホの音量を最大にしても、工場では聞こえなかった

両手を効率よく動かしてほしい場面では、ぼくがまず加工して見せた。その後、相手にやってもらい、違うところをもう一度実演しながら、スマートフォンのChatGPT音声通訳で説明した。

音声通訳自体は動いた。ただ、工場では音量を最大にしても、耳を近づけなければほとんど聞こえなかった。ぼく自身も、自分の日本語がどう訳されたのか聞き取りにくい。こちらがまだ話している途中に、工場の騒音の影響なのか通訳が話し始めることもあった。

もう一つ困ったのは、ぼくが話した日本語の原文が画面へ残らないことだった。金属プレスの現場では、バリ、ダレ、打痕、面押しなど、一般の会話ではあまり使わない言葉が出てくる。実際に「ダレ」と話すと、画面には「誰」と表示された。

翻訳が自然かどうかを確かめる前に、ぼくの言葉が正しい日本語として聞き取られているかを確認できなければならない。音声だけでは、そこが分からなかった。

原文と訳文を、同じ画面へ残す

そこで今、現場用の翻訳Webアプリを作り始めている。ダッシュボードのボタンから開き、日本語で話せば日本語の原文とベトナム語訳を表示する。ベトナム語で話せば、ベトナム語の原文と日本語訳を表示する。会話中は画面へ残し、終了したら保存しない予定だ。

日本語かベトナム語かを、その都度選ぶ画面にはしない。最初に開始ボタンを押せば、どちらから話しても原文と訳文が順に出る形を考えている。操作を一つ増やすだけで、現場では使われなくなると思っているからだ。

既に作った教育用の辞書も会話用に使う。バリは「bari」、ダレは「dare」のように、日本語の音を共通の言葉として覚えてもらう。翻訳するたびに別の表現へ変えず、「バリが上」「ダレが上」と現場で短く伝えられるようにしたい。意味の説明は最初の教育で行い、普段の会話では毎回長い説明を付けない。

使うのは、ぼくだけではない。日本人とベトナム人を含む全従業員が、会社のタブレット、PC、スマートフォンから同じ画面を使える形にする。ぼくがいなければ会話が成立しない状態では、現場の違和感や問題がぼくのところで止まってしまう。

油のついた手で、個人のスマートフォンを取り出して操作してもらう形にもしたくない。普段から会社で使っている端末から、誰でも同じ入口を開けることが大事になる。

初版で確かめるのは、普段の現場語を正しく日本語として認識できるか、手軽に使えるか。まずはそこからだ。

教材は、仕事を始めるための入口だった。次に必要なのは、現場で何度でも教え直し、誰からでも問題を返せる会話の入口だ。

実践・執筆M-LABO
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